新潮45:2002年3月号(239号) 世田谷一家惨殺事件の恐るべき「真実」 一橋文哉(ジャーナリスト) 本紙取材班 第3回 "黒幕"から漏れた奇怪な「動機」 宮澤さん一家の周辺に見え隠れし、事件の鍵を握ると見られる人物に取材班は直撃した……。いよいよ事件の核心に迫る! 第五章 対決  二〇〇二年一月中旬のある日の夕方、東京都杉並区の住宅街の一角に建つ瀟洒なマンションの前で、我々取材班は一人の男が現れるのを待っていた。  待ち人は、世田谷一家惨殺事件に関わりがあるのではないか、と見られている「カネダのおっちゃん」こと、金田秀道(四十六歳)である。  世田谷一家惨殺事件は二〇〇〇年十二月三十日夜、世田谷区上祖師谷三丁目の会社員、宮澤みきおさん(四十四歳)宅で、みきおさんと妻の泰子さん(四十一歳)、長女で小学二年のにいなちゃん(八歳)、長男で保育園児の礼君(六歳)が殺害された事件だ。  現場には犯人の指紋や凶器など大量の物証が残され、犯人自身も右手を負傷しており、早期解決が期待された。  しかし、残忍な殺害方法や乱雑な物色痕、犯行後にパソコンを操作して十一時間近くも現場に留まっていたことなど、犯人の"不可解な行動"が解明できず、事件は発生から一年二か月近く経った今も、犯人逮捕に至っていない。  そんな奇怪な事件に、金田がどう関わっているというのか……。  張り込みを始めてから約二時間経った午後七時過ぎ。一台の紺色セダンがマンションの前に横付けされた。  後部座席から降りてきたのは、身長約一七〇センチで細身、白髪混じりの中年男性だった。男はメタルフレームの眼鏡をかけ、グレーの背広上下と黒っぽいコートを着ていた。 「金田秀道さんですね」  中年男性に向かって、そう問いかけたところ、意外にもあっさりと、 「金田ですが……」  と認めた。こちらから名乗って、 「少し、お話を伺いたいのですが」  と切り出すと、金田は苦笑いを浮かべながら、こう言った。 「とうとう来ましたか。世田谷の件で、いつかは私の前に現れると思っていました。どうぞ、何なりとお尋ね下さい」  金田はそのままマンションの中に入るのかと思いきや、車を帰した後、我々を歩いて十分余離れたJR荻窪駅の駅ビル内にある飲食店へと導いた。  その駅ビルは、隣接する西友系のショッピングセンターとともに、犯人が現場に残した柳刃包丁やトレーナー、ヒップバッグなどを販売した可能性のある店舗が入っており、捜査本部が犯人の生活圏内ではないかと重視している場所だ。  金田は席に着くや否や、取材趣旨を明らかにしようとする私を制し、こう言い放つだ。 「確かに、宮澤さん一家を存じ上げてはおりますが、顔見知りといった程度で、詳しいことは何も……。もちろん、私は事件とは全く関係ありませんよ」  金田は、自分の周辺が次々と取材を受け、やがて追及の手が自分に伸びてくることを知っていた。  それゆえ、質問攻めに遭う覚悟を決めて、取材に対する準備を十分に整えていたのであろう。その表情はいかにも、自信満々といった感じを受けた。  こうした取材は、相手に余裕を持たれては、まず成果は見込めない。そこで、最初から思い切って、揺さぶりをかけてみた。 「いきなりで恐縮ですが、金田さんは韓国・京畿道出身の金さんですよね」  金田は一瞬、たじろいだ様子を見せたが、やがて気を取り直すように、こう答えた。 「そう、私の本当の名は金秀道です」 七つの共通点を持つ男  この金田とのやり取りを記す前に、彼と事件との関わりを述べておこう。  それにはまず、金田が長い問、生活の面倒を見てきたというソウル在住の韓国人男性、李仁恩(三十二歳)について触れなければなるまい。  李については本誌一、二月号で詳述したので、ここでは簡単に説明する。  一言で表現すれば、宮澤さん一家を惨殺した犯人と「数多くの共通点を持った人物」ということになるだろう。  主な共通点とは、次の七点である。 @犯人が履いていた二七・五、二八センチのテニスシューズ「スラセンジャー」が韓国限定販売品だったのをはじめ、ヒップバッグや帽子など犯人の遺留品には韓国製品が多い。李はソウル在住で、自分の活動圏内にあるスーパーなどで、これらの製品を簡単に入手できる。 A現場に残されたジャンパーのポケットから、李の実家がある韓国・京畿道の水原市周辺のものに酷似した土砂粒が検出された。 G宮澤さん宅で発見された止血帯のラテックスゴムの破片、「ブレイデッド・タスラン・ブーツ」の皮革片、さらに鑑定の結果、犯人が玄関ドアの開錠に活用したと見られるスイス製アーミーナイフは軍隊の装備品と判明。韓国陸軍に入隊経験のある李が所持、使用していた可能性が高い。 C宮澤さん宅から微粉末が検出された「ベンゼドリン」の錠剤は、服用後に意識が高揚し、興奮・錯乱状態になる"麻薬"のような薬。犯人が服用後に凶行に及んだと見られるが、李はこうした薬物の常習者だった疑いが出ている。 Dヒップバッグ内に付着していた特殊フィルム片とチタン酸バリウムの微粉末が、両方とも使用されている印刷加工職場で、李は事件前に働いていたことがある。 E李は犯人の遺留品と同じようなトレーナーを着ていたという証言があるうえ、悪友たちに自分を「キッド」(海賊「キャプテン・キッド」の意味)と呼ばせ、犯人がハンカチに振りかけていた香水「ドラッカー・ノワール」(黒い海賊船の意味)を愛用していたとの情報がある。 F李が事件前の十二月上旬に観劇に訪れた杉並区内の演劇スタジオ周辺から、犯人の指紋が検出された。  だが、李のような韓国の不良グループのリーダーが、日本の平凡なサラリーマン家庭である宮澤家と関係があったとは考えにくい。  また、今のところ、李と宮澤家の間に直接的な繋がりは浮かんでいない。  そこでクローズアップされるのが、宮澤さん一家と何らかの接点を持つ主犯の存在である。  宮澤夫妻に恨みを抱くなど、何らかの動機を持つ者が直接、手を下したのではなく、例えば李のような第三者に殺害を依頼し、実行させた、というわけだ。  その場合、実行犯は前述した遺留品などから、軍隊経験のあるプロの殺し屋ではないか、との見方が浮上している。  ただ、プロの殺し屋と言うと、どうしても「ゴルゴ13」のように"冷静沈着で凄腕"というイメージを抱きがちだが、この事件の場合は、麻薬や興奮剤を体内に吸収して、残虐な殺戮を行う"殺人兵士"と考えた方がいいだろう。 米国で殺し屋を養成? 「あなたは、李さんをとても可愛がっていたようですが……」 「李君はかわいそうな人問でね。私が彼と知り合った時は、心身ともに相当傷ついた状態でした。動作は鈍いし、言っていることは分からない。でも、目だけはギラついていたことを覚えています」 「季さんは生まれつき頭が少し弱い、と聞いています。彼の話では『そのことで小さい頃から周りの人間に馬鹿にされ、苛められてきたので、友達や先生はもとより、親でさえ信用できない。でも、カネダのおっちゃんだけは違う』ということでした。李さんとは、強い信頼関係を築いておられるのですね」 「いや。私はただ、寝る場所と温かい食事、そして、李君が少しでも心と身体の健康を取り戻すのに役に立でば、と武道を習わせただけです。彼はもともと純情な子で、自分の気持ちがストレートに出てしまうところがあります。それで心配していたんですが、自分の力でどんどん元気になりました。私は彼を見守っていただけです」 「武道というのは空手でしょうか」 「いや、最初は護身術のようなものを習っていましたが、最終的にはテコンドーを習得していたみたいです」 「李さん自身は『韓国やアメリカの学校みたいな施設で、もっと高度な格闘技を習った』ような話をしていましたが」 「それは知りません。何しろ、鍛練の中身については、本人の希望と各スクールの教官に任せてありましたから」 「拳銃やライフルの実弾射撃訓練などもしていたようですね」 「さあ、どうですかねえ。心と身体の健康回復という趣旨から言えば、それはないんじゃないでしょうか」 「ナイフやロープの使い方など、特殊部隊の軍事訓練みたいなこともやっていたという話もありますが……」 「それは、私の与り知らない話です。ただ、李君は軍隊経験がありますから、米国時代に自分でそういう訓練を志願したのかも知れません」 「米国時代とは……」 「確か一年ほど、米国のテキサス州にある訓練センターに修業に行っていたと思います」 「それは、ネバダ州ではありませんか。李さんの話では、あなたの紹介で、ネバダ州ラス・ベガス市周辺のあなたに関連がある施設に滞在し、"物騒な訓練"を受けていたことがあるそうなんですが」 「それは何かの間違い、いや、李君が勘違いしたのでしょう」 「これは重要なことですよ。"物騒な訓練"はともかく、テキサス州ではなく、ネバダ州ではないんですか」 「そう言われると、どうも自信がないんですが……」  私がそれほどまでネバダ州にこだわる理由は、本誌前号で書いた通り、犯人が身につけていたヒップバッグから黄色い砂粒が採取され、ネバダ州の砂漠の砂である可能性が高まっているからだ。李が同州に滞在したことがあるとすれば、とても"単なる偶然"と片づけるわけにはいかないだろう。 「質問を変えましょう。李さんが入ったのは傭兵学校ですか」 「さあ、詳しくは聞いていませんが、李君は韓国陸軍時代に嫌な思いをしたとかで、戦闘行為は嫌いでしたから、そういう施設ではないと思いますが……」 「それは、先程の『軍隊経験があるから特殊部隊の訓練を志願したのかも知れない』という考え方と矛盾しています。李さんは軍隊経験を活かそうとしていたのか、それとも嫌悪していたのか。いったい、どっちなのですか」 「さあ。それは本人に聴いて下さい」 「多額の資金を提供している割りには、その使途や投資効果に関しては、あまり興味がないようですね」 「私の行為は投資ではなく、あくまで援助です。それに、私は李君を信じていますし、彼自身が選んだ道ですから」 「固い絆ってやつですか。しかし、出身地の韓国はともかく、わざわざ米国まで格闘技の訓練に行かせるなんて、単なる健康回復のためとは思えません。彼に何か別の期待を抱くというか、別の目的があったのではありませんか」 「別の目的とは?」 「例えば、殺し屋の養成とか……」 「ワッハッハ。それはスパイ小説か何かの読み過ぎではありませんか」  金田はそう言いながら、馬鹿げた話だと言わんばかりの顔つきを見せた。 「でも、李さんはあなたのことを『命の恩人』と崇め、我々の取材に対しても、『おっちゃんのためなら、何でもする』と断言しました。あなたの指示いかんでは、殺し屋にだって十分なれますよ」 「李君が私を慕ってくれていることは知っています。だからこそ、そんな"可愛い我が子"に危ないことをさせられると思いますか」 「それなら、生活の面倒や仕事の斡旋だけではなく、大金を投じて米国まで格闘技訓練に派遣するなど、李さんに肩入れしている理由は何ですか」 「別に李君だけを優遇しているわけではありません。ほかにも将来有望な若者を何人も支援していますよ。本人たちが望むものならスポーツ、芸術などあらゆる分野に対しても援助を惜しみません」 「安」は消えた  ところで、本誌一、二月号で述べてきたように、この事件には実行犯の背後に"黒幕"とも言うべき主犯など、共犯者がいることは間違いない。  宮澤さん宅で採取された血痕をDNA鑑定した結果、実行犯は一人の男であることが確認されており、共犯者は家の外で監視・サポート役を務めていた可能性が高い。  実際、実行犯が侵入時にブーツを抱えていたとは思えないし、最初からラテックスゴムの止血帯を持参していたのであれば、絆創膏やタオルで止血する必要はないから、いずれも後から差し入れられた、と考える方が説得力がある。  その場合の差し入れ口は浴室にある縦五〇センチ、横一メートルの小窓だ。  実行犯はこの小窓を開けて、公園にいた共犯者と連絡を取り合い、その指示を受けて書類の選別を行ったり、止血帯などの補給を受けていた、との見方が強まっている。だからこそ、小窓の桟付近に両手をついたと見られる指紋がくっきりと残っていたのだ。  もっとも、主犯が必ずしも、現場周辺を訪れていたかどうかは定かではない。ほかにも、主犯と実行犯を繋ぐ仲介者や助手のような役割を果たす人間がいた、とも考えられる。  現に、宮澤さん宅周辺で事件前に目撃されている不審な人物に関する証言を総合してみると、人相や身体的特徴が李と酷似している若い男、金田と似ている中年男のほかに、もっと年配の男、眼鏡をかけた若い男など、少なくともあと二人はいたことが分かっており、宮澤さん宅や宮澤夫妻の行動を交代で監視していたようである。  また、宮澤さん宅と高さ一・八メートルの金網フェンスを隔てた北側にある祖師谷公園内には、実行犯のものとは違う足跡が多数残っていた。  こうした面々は、金田が言う「支援してきた将来有望な若者たち」ではないのか。  実は、我々が張り込んでいたマンションの五階にある部屋は、金田の自宅ではない。李が来日時に時々泊まっていたという知人宅で、「安藤」と名乗る男性が賃貸契約を結んでいたものであった。  同じマンションの住人らの証言によると、「安藤」は自宅に訪ねてきた友人らから「安」と呼ばれていたといい、その「安」の人相や身体的な特徴が何と、前述した"眼鏡をかけた若い男"とそっくりなのである。  この"眼鏡をかけた若い男"は事件当日の正午前、小田急線の成城学園前駅近くの洋菓子店を訪れたみきおさんを監視していたほか、夕方に京王線千歳烏山駅近くの写真店などで買い物をした淡いワイン色のコート姿の泰子さんをじっと見ていたとの目撃証言もあり、見張り役として重要な役割を果たしていた、と見られている。  それだけに、金田は「安」を我々に会わせたくないと考え、荻窪駅前に導いたのではないか、と後になって気づいた。  張り込み開始前に、「安」の部屋を訪ねると、室内に人がいる気配があるのに不在を装って、誰も応対しなかった。  しかし、その部屋に電話をかけると、「安藤」と名乗る男が出たのだ。  そこに金田が現れたのだから、その夜マンションで金田と待ち合わせる予定だったのかも知れない。  因みに、その部屋は我々が訪ねた一週間ほど後に突然、賃貸契約が解除され、数人の若い男たちが荷物だけを運び出して行ったという。  また、その後の取材で、「安」が約二年前から埼玉県内にも、「安田」名義でマンションを借りていることが分かったが、そこにも立ち寄った形跡はなく、「安」は現在、行方不明となっている。 「金田さんがそんなに多くの若者たちを援助している理由は、何ですか」 「特に、理由も目的もありません。幸い仕事が順調で、資金的にも時問的にもゆとりがありましたので、未来を背負って立つ若者たちを応援しようと考えただけです」 「普通、そう考える人はいても、なかなか実行できるものではありません。何か強い信念とか人生哲学、あるいは信仰といったものをお持ちなんですか」 「信仰心や人生哲学は、自分なりに持っているつもりです。でも、(若者の支援は)そういうこととは違って、あくまで社会奉仕というか、ボランティア精神でやっています」 「それにしては、若者たちのあなたへの信頼度が非常に高いような気がします。李さんなどは、あなたにすっかり心酔している、との印象を受けましたが」 「……」 金田は宗教団体の幹部だった  何を尋ねても冷静さを失わず、にこやかに応対する金田に対して、何とか突破口を開くため、私はここで、敢えて強い口調で質問する方法に切り換えた。 「金田さん。あなたはいったい、何者なんだ」 「何者って……。ごく普通の人問です。あなた方こそ、何が言いたいのですか。私が彼らを洗脳しているとでも-…」 「そうだ。あなたが今、自ら口にしたような行為があったのではないか」 「そんなこと、するわけないでしょう」 「それならなぜ、洗脳などという普通はあまり使わない言葉を口にしたのか」 「あなた方が雑誌にそう書いていたからですよ」 「雑誌をお読みなら、金田さんもよくご存じだと思いますが、李さんも取材に対し、『あなたから神の教えを受けた』と答えている」 「それは彼と人間の生き方や未来などについて語り合った時に、キリスト教や仏教の訓話を引き合いに出したことを指しているのでしょう。別に彼らを洗脳したり、強制したわけではありません」 「でも、あなたは新興宗教団体(団体名は会話では実名、以下同じ)に属しているじゃありませんか」 「……」 「隠さなければならない事情があるのなら、無理に認めろとは言いませんが、あなたはその団体のメンバーどころか、堂々たる幹部じゃないですか」 「そのことは事実として認めましょう。でも、それと李君らのこととは関係ありませんよ」 「何に対して、どう関係ないと言われるのか」 「それは……。うまく言えません。変に誤解されると困るので、ノーコメントにしておきます」 「冗談じゃない。大事なところですよ。どんな誤解をすると言うのですか」 「……」 「若者たちも団体のメンバーですね」 「必ずしも、そうとは限りません」 「李さんはどうですか」 「彼は信者ではありません」 「おかしいですね。自分で正しいと信じている教えを、あなたが大切に思っている"迷える若者たち"には話さなかったのですか」 「そりゃ話はしましたが、無理強いはしません。何と言いましても、信仰は個人の自由ですから」 「でも、李さんたちはあなたに心酔しています。普通なら、崇拝する人に勧められれば、喜んで同じ仲間に入りますけどねえ」 「今の若者は、そうとぱかりは言えないのではないですか」 「逆です。今の若者は自分を力強く引っ張ってくれる存在を求めている。その人の宗教や哲学に強いシンパシィーを感じなければ、少々援助を受けたぐらいでは心酔どころか信頼さえしませんよ」 「そう言われましても……。ところで、私の信仰や人生哲学について熱心にお尋ねですが、それが世田谷の事件に、何か関係でもあるのでしょうか」 「いや、直接的に関係があるかどうかは分かりません」 「と言うと、少しは関係がある……」 「まあ、それについては追々お尋ねしますが、その前に念のため、失礼を顧みずに幾つか、あなたの属する団体について質問させていただきます」 「何でしょうか」 「宮澤さん夫妻と、あなたが属する団体とは全く関係ありませんか。別に信者と言うんじゃなくて、例えばイベントや集まりに参加したことがあるとか……」 「すべてを把握しているわけではありませんが、私の知る限りでは関係ないと思います。なぜ、そんなことをお聞きになるのですか」 「宮澤さん夫妻は、ある自己啓発セミナーで知り合い、八六年十二月に結婚したんですが……」 「そのことは詳しく存じませんが、ウチとは関係ないと聞いています」 「ところが、そういうセミナーやイベントに参加した人々は、一度は離れても、また似たようなものに参加するようになると聞いたことがある。それに、宗教団体に限らず、主催者側はそうした人々を嗅ぎ分ける能力を持っていて、同じ人物がいろいろな団体から勧誘されるケースが結構あるようです。神様の思し召しだったり、先祖の因縁だったり、勧誘の言葉はさまざまなようですが……」 「……」 「宮澤さん夫妻も、ある宗教団体の信者から連日、しつこく勧誘され、困っていたとの話を聞いていますが……」 「それはウチではありません。第一、どんな団体にせよ、勧誘を拒まれるたびに殺していたんでは、世の中、あちこちで大量殺人が起きてしまいますよ」 「そりゃ、そうだ。でも、それはただ勧誘を断ったというだけの場合でしょう」 「泰子さんから相談を受け」  金田が宮澤さん一家の周辺に顔を覗かせたのは、泰子さんが参加していた"ある福祉活動"の場であった。  泰子さんと親しい友人によれば、長男の礼君は言葉の発達が遅く、泰子さんに連れられて、近くの児童精神科病院にカウンセリングに通っていたという。 「宮澤さん夫妻は当初、そのことを周囲に隠していましたが、やがて泰子さんは礼君を連れて、言語治療などに関する活動に参加するようになりました。医師や各種相談員らに積極的に相談を持ちかけたり、同じような子供を持つ親やボランティアのメンバーとも交流を持ち始めたそうです」(前出の泰子さんの親友)  そうした活動の一つに、ボランティアとして参加していたのが金田であった。 「あなたは宗教団体の幹部として、そうした活動を行っていたのか」 「違います。私は個人として各種ボランティア活動に参加しています。宮澤さんと知り合ったのも、そんな個人的な活動の一つです」 「ボランティア活動もいろいろな分野があるが、あなたはなぜ、言語治療や障害者福祉の活動に加わったのか」 「先程言ったように、将来を担って立つ若者たちを応援しようと活動していましたら、心身の障害や傷に苦しむ若者が大勢いることを知りました。そこで、何か私でもお役に立てることはないかと考えまして……」  金田へのインタビューはいよいよ、佳境に入って行くが、それまでにかなり時間が経っていたため、場所を新宿区内のホテルに移して続けることになった。  最初は「多忙」や「既に時刻が遅い」などの理由で渋っていた金田だったが、 「今、ここで自分にかけられた疑惑を自ら晴らさなければ、お互いに悔いが残るのではないか」との説得が功を奏し、夜十二時を回らないという条件付きで承諾したのだ。  何しろ、金田は常に冷静で、こちらの質問をのらりくらりとかわして来る。残り時間が少ないだけに、私は単刀直入に聴かざるを得なくなった。 「活動の場などで、泰子さんとは何か、話をしましたか」 「宮澤さんには『頑張って下さい』と声をかけたり、雑談ぐらいはしたかも知れませんが、それ以上はありません。ああいう場ではボランティアは結構、忙しいものですからL 「福祉活動の会場で泰子さんと親しそうに話し込んでいた、との目撃証言がありますが」 「それはたまたま、宮澤さんから声をかけられ、礼君について相談を持ちかけられた時ではないでしょうか。そんな長い 間じゃなかった、と思いますけど」 「そうした活動の前から、宮澤さん一家をご存じだったのではありませんか」 「いえ。その時が初めてです」 「それなら、その後、活動の場以外で宮澤さんと個別に会ったことは?」 「活動を通じてなら何回かお会いしたように思いますが、それ以外は……」 「ない、と言い切れますか」 「……また誰か目撃していましたか」 「気になりますか」 「いえ、そういうわけでは。ただ、細かい記憶がハッキリしないもので」  この事件の特徴は一家全員が亡くなっているため、被害者の普段の生活ぶりなど捜査に不可欠な情報が得られないことにある。そうした情報不足が、犯人像や犯行目的を絞りにくくさせ、捜査が難航する要因となっているのは間違いない。  そうした中で、捜査本部が注目している事実がある。  みきおさんの帰宅時刻が、事件の約四か月前の二〇〇〇年夏頃から時々、遅くなっていたことである。特に事件の一か月前からは頻繁に、午後十時過ぎから十二時近くに帰宅していた。  普通のサラリーマンなら別段、気になる帰宅時刻ではないのだが、捜査員がみきおさんの勤務先に聞き込み捜査をしたところ、元同僚たちは「宮澤さんはよほどのことがない限り、残業はしないし、仲間との飲み会にも参加せず、午後五時半から六時頃には退社していた」と、口を揃えて証言したのである。  事件当時、みきおさんの勤務先は千代田区にあったから、世円谷区内の自宅までは一時間もかからない。そうなると、みきおさんは"アフター5"の三~五時間、何をしていたのか、ということになる。 深夜帰宅が続いた真の理由  捜査本部が、みきおさんが遅く帰宅した日の退社後の足取りを調べたところ、その大半は解明できた。  みきおさんが水面下で、別の会社から引き抜きの誘いを受けており、近々移籍する話が進んでいたことは、前号で述べた。みきおさんの帰宅時刻の遅れは、そのヘッドハンターと接触したり、引き抜き先の外資系の経営コンサルタント会社の説明会や会議に度々出席していたからであった。  また、みきおさんが時々、勤務先には内緒でデザイン作成などのアルバイトをしていたことも分かった。  ところが、どうしても行く先が解明できないものが十日分ほど残された。少なくとも、そのうちの三日は、誰かと都内の飲食店で会い、長時問にわたって話し合いをしていた形跡があった。  それらの日に限って、帰宅は深夜に及び、必ず自宅で夕食を取るという宮澤家の長年の習慣が破られたという。  前号で、二つの"注目すべき事実"を提起した。  第一点は、捜査本部が泰子さんの携帯電話の通話記録を調べたところ、受信記録の中に、掛けてきた人物がすぐに特定できない"使い捨ての携帯電話"からのものが十数本もあったことである。  泰子さんは事件前、親族に「変なイタズラ電話があって、困っている」と漏らしており、宮澤さん一家が何らかのトラブルに巻き込まれていた可能性を示している。  第二点は、殺人現場となった宮澤さん宅は都立祖師谷公園の拡張整備計画のため移転が決まっており、一家は既に土地売却料と物件移転補償費の一部を受け取り、二〇〇一年三月には、都が用意した代替地に転居する予定だった。  ところが、一家の転居予定地は事件発生時点で、都との売買契約が成立しておらず、所有権移転も建築確認申請も行われでいなかったのである。  宮澤さん夫妻は二〇〇〇年春頃から何度も予定地を下見し、泰子さんは近所の住民に「引っ越し先は、にいなの小学校のすぐそぱなの。通学も楽だし、学習塾の立地条件としても申し分ないわ」と、いかにも楽しみな様子で話していたという。さらに、転居まで時間的な猶予もないことから、ほかの物件を検討していたとは考えにくい。  そうなると、宮澤さん夫妻に代替地を買う資金がなくなっていた、という可能性も出てくるわけだ。  さらに、これも前号で明らかにした事実であるが、事件の約四か月前から、都内などの複数の信用調査事務所に、泰子さんの母親の旧姓と同じ「アオキ」の名で、宮澤家の住所や家族構成などの調査依頼があったことが分かっている。  殺人犯が殺害相手の住所を信用調査事務所で調べるとは思えないが、事件との関連が気になるところである。  これらのことから、みきおさんと正体不明の人物との"深夜の密会"は、トラブル絡みのものだった可能性が高い。 「金田さん。あなたが事件前、都内の飲食店で宮澤みきおさんと会っていた、という話があるんですが」 「えっ」  我々が突然、この情報をぶつけると、金田は思わず絶句した。 「それも一回じゃない。いったい、宮澤さんと何があったんですか」 「何が……って、何もありませんよ」 「それならなぜ、長時問も話し込んでいたんですか」  この時点で、我々は都内の飲食店でみきおさんと会っていた人物を金田と特定できていたわけではなかった。だが、断定口調の質問に動揺した金田は、まんまと引っかかった。 「いや、礼君のことで宮澤さんから相談を受けまして、アドバイスというか、いろいろな話をさせていただいたことがあります」 「あなたは『個別に会ったことはない』と言ったが、嘘だったんですね」 「……」 「本当のことを話して下さい」 「いや、記憶が曖昧でしたし、『奥さん(泰子さん)と会ったか』と聞かれたと 思ったものですから」 「あなたのような立派な方が、そんないい加減なことを言ってはいけません」 「別に隠していたわけではありません。本当に忘れていただけなんです」  ここで、私は前述した二つの"注目すべき事実"を説明し、金田との関連を質した。当然のように彼は、 「私とは全く関係ないことです」  ときっぱりと否定した。 「あなたの属する団体とは、トラブルはありませんでしたか」 「そんな話は聞いていません」 「実は、李さんにソウル郊外の自宅で話を聴いた翌朝、もう一度詳しく取材しようとアパートを訪ねたら、彼は大型のワゴン車で引っ越しする寸前でした。声をかけようと近寄ると、数人の男たちが無言のまま立ち塞がり、李さんを囲むようにして車に乗り込み、猛スピードで走り去ったんです。その車のナンバーを調べたら、あなたが属する団体の関連組織が所有する車でしたよ」 「ほう、そんなことがありましたか」 「あなたは『李君は宗教団体の信者ではない』と言われたが、あの様子では信者仲間にしか見えませんが……」 「これはあくまで私の想像ですが、それが事実だとしたら、信者である彼の友人たちが個人的に引っ越しの手伝いをしたのではないでしょうか」 「団体の若い信者たちは無口で、不気味な人が多いんですね」 「口下手な若者が多いだけです」 「それなら、先程のマンションはどうですか。李さんが来日した際に宿泊する杉並区や渋谷区などの友人宅は、賃借人の名義こそ個人になっていますが、取材すると、あなたの属する団体の関連施設ではありませんか」  私はそう言うと、李が語った友人宅の所在地を示し、金田に迫った。 「関連施設のすべてを把握しているわけではありませんから、この場でハッキリしたことは言えません。でも、彼が宿泊先に選んだ友人たちに、たまたま信者が多かっただけではないですか」 「そうして惚けるなら、宮澤さん一家が惨殺された当日、李さんが滞在していた世田谷区の知人宅はどうか。本当の借り主はいったい、話なんですか」 「さあ、それも詳しいことは分かりません。先の件と併せて、後でよく調べてからお答えしましよう」 「冗談は止めてほしい。あなたは、我々が取材に来ることを予見していた、と言われた。今、お聴きしたことは、既に雑誌に書いであることです。知らないでは通りませんよ」 「……」 「世田谷区の李さんの知人宅には日頃、団体の信者らが頻繁に出入りしており、明らかに団体の関連施設です。その施設は、宮澤さん宅に近いというだけじゃない。犯人の逃走経路と見られるルートの延長線上にあるんです。どう答えるつもりですか」 「今は、調べて答えるとしか……」 「そんな曖昧な答えでは、あなた自身の疑惑を晴らすことはできませんよ。それでもいいんですか」  思わず声を荒らげて回答を迫ったが、金田は視線を逸らしたまま、一言も発しなくなった。そして、しばらくすると日付が変わり、インタビューは時間切れとなった。  金田が「調べてから答える」と約束したはずの回答は、ついに届かなかった。  我々は姿を消した李や安の行方を追うとともに、団体の内部事情を探った。  金田をよく知る元信者らの証言によれば、彼は団体内でかなりの実績を上げ、上層部の評価は決して低くはなかった。が、独断専行のきらいがあり、信者間の評判は芳しくなかったという。  また、事業拡大の失敗に不況が重なって、ここ数年は団体上層部への上納金を確保するのに苦しんでいた、との情報もあった。  これらの情報を総合すると、金田は現在、団体内部で微妙な立場にあり、自分に関する悪い噂が表面化することに神経を尖らせていた様子が窺える。  それゆえ、我々の取材に対し、金田は嫌々ながらも応じざるを得なかった、と思われる。 カネ目当ての犯行か  ところで、この事件には七つの謎がある、と書いた。  そのうち、本連載を通じて既に、実行犯の侵入及び逃走経路、犯行に粗暴さと冷静さが共存する理由、ハンカチにだけ香水が振りかけてあった事情という四つの謎を解明。韓国当局が指紋の照合を拒否した背景も薄々ながら分かった。  しかし、@犯人は室内を激しく物色してまで、何を探していたのかA宮澤さん一家の中でなぜ、礼君だけが刃物でメッタ刺しにされなかったのか……の二つの謎だけが解明できずに残されている。  ところが、これまでの取材結果を突き詰めていくと、次のような驚樗すべきストーリーが浮かび上がってくる。  主犯はどうしても多額の資金を確保する必要に迫られ、宮澤さん夫妻が都から手にする土地売却料や物件移転補償費など、一億数千万円にも上る現金を狙って、一家に近づいた。  巧みに家族に取り入り、現金を騙し取ろうとして、一部は詐取したものの途中で失敗。逆に、夫妻に疑われ、脅迫や嫌がらせに転じたが、うまく行かず、警察に告訴されそうになるなど、ピンチに立たされた。そのため、凶行を決意した。  だが、主犯一人では実行は難しい。かと言って、ことが殺人だけに、迂闊に他人には頼めない。  そこで、固い絆で結ばれた少人数の人間を実行犯として選び、犯行に及んだのである。  小さな子供を含め一家を皆殺しにしたのは、主犯と顔見知りか、主犯のことが家族で話題になっていて、犯行が発覚する恐れがあったためだ。  室内を執拗に物色したのは、宮澤さんを騙そうとした偽造書類か、宮澤家に宛てた脅迫状、あるいは自分について書かれたメモがないかと心配になって探したからである。  さらに実行犯が長時間にわたり、宮澤さんのパソコンを操作したのも、宮澤さんが主犯のことを書き残したり、誰かにメール送信していないかを調べるためだったと考えると辻棲が合う。  一方、礼君は殺害された時、ベッドで眠っていた可能性が高い。仮に[目覚めていても、子供部屋から出た形跡はなく、犯行を目撃したわけではない。  就学前の、まして言葉の発達が遅い子なら、証言能力も低いから、犯人がわざわざ殺す必要などないはずだ。  なぜ、礼君は殺害され、そして、彼の殺害方法だけが異なっていたのか。  実行犯は、一人だけ残される礼君を不憫に思い、殺害したのではないか。  実行犯が幼少の頃からコンプレックスを抱き、苛められた経験を持つ李のような人問なら、家族と離れて、たった一人で寝かされていた礼君の姿に、何らかのシンパシィーを感じ、不憫に思ったとしても不思議ではあるまい。 事件が密かに動き出した  長年、韓国の暗黒街に身を置き、私に李の存在を示唆してくれた知人から、最近、こんな情報が届いた。  少なくとも、この三年間に台湾や米国などで発生した五件の殺人事件の周辺に、李と思われる男の影が見え隠れしており、殺害方法や侵入手口などもよく似ている、というのだ。  一方、日本の警察幹部からは「捜査本部が密かに、世田谷一家惨殺事件と似た手口の未解決事件について調べている」との情報も出てきた。  そう言えば、警察当局は最近、一部メディアに情報を流し、韓国人犯行説を必死に打ち消そうとしている。捜査関係者の□も一斉に重くなっており、こういう時は得てして、捜査が密かに進展しているものだ。  これまで解決の糸口さえ見えなかった事件が何やら、動き出している気配が窺われる。  さらに、韓国で取材を続けているスタッフの一人から「李や金田の出身地である京畿道に、泰子さんのことを知る人問がいた。さらに取材を進めるが、泰子さんと金田、もしかすると李さえも、昔から知り合いだったのではないか」という衝撃的な報告も届いている。  事件の謎を解く鍵は、韓国・京畿道にあるのかも知れない。  また、李が宮澤さん一家が殺害された翌日に出発した台湾での足取りも、少しずつ判明してきた。  私も急遽、韓国や台湾に飛ぶことにした。  それらの取材報告は、しばらくお待ちいただきたい。 *文中一部仮名 (いちはしふみや)